「あの頃のロマンポルノ」 by キネマ旬報

 

第21回 『悶絶!!どんでん返し』

2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえました。それを記念して、「キネマ旬報」に過去掲載された記事の中から、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げていく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時連載していきます。(これまでの掲載記事はコチラから)

 今回は、「キネマ旬報」1977年3月下旬号より斎藤正治氏による、今月の問題作批評『悶絶!!どんでん返し』を転載いたします。

 1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

■賑々しくもいさぎよいかなしい変身のうた
一年間のほとばしり

 友人・西山正が、ミシェル・フーコーの説を引用して、私を犯罪者だと言った。

 「ワイセツの手口を言説化することは、利敵行為だ」

 西山の言い分には、反語的ヤユもこもっている。自民党や日共党の退廃論のオソマツにはビクともしない私だが、こういう言い方にはひどくたじろぐ。なるほど私は、神代辰巳の一連の作品を「解説」することで言説化し続けてきた。神代の個人史的なものも含めた「読み方」までも幾度か書いた。それがフーコー、いや西山によれば「犯罪」だと言うことになる。

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 いかにも博学らしい指摘で、ごもっともな面もあるし、同時にかなりのからかいも含んでいる。なにより私たちはフーコーの云う「告白」によって闇の言葉を売り渡すにも、その回路すら持っていない。そう思わねばやりきれない。

 私は神代辰巳を頂点とする日本のポルノ映画を批評、紹介することで伝導師の役割を果してきた、と自負しているし、フーコーが、いや西山が、犯罪呼ばわりしようと、神代辰巳について書き続けていくつもりだ。第一、あいつ、つまり西山こそ、エロスの深い理解者であり、煽動者なくせに。フーコーよ、くたばれ!

 と、雑駁に吐えたところで、前説の長くなったことを気にしながら、短かい批評をはじめる

悶絶!!どんでん返し』は、賑々しくもいさぎよく、かなしい変身のうただ。

 『レイプ25時 暴姦』(長谷部安春監督)で、暴力は寡黙だ、と書いたばかりの私である。それは間違っていない。しかしここにはなんとも騒々しい暴力があった。ここに登場する人物、とりわけ男たちの、女たちを凌辱する暴力沙汰は、滑稽なというほかない軽薄で、遊びだ。神代が好んで描く、ホモ・ルーデンスたちの戯れである。

 さよう、主人公北山(鶴岡修)の、ふと掘り起こされた女性志向、変身願望ですら、遇然性の、それ故に熱く燃える遊びにすぎないのだ。

 テーマの分裂、オカマ北山の変身過程の一方で、スケバン三人とヤクザ子分の話がある、ということなど、私には気にかからない。主人公はオカマとスケバンの二つの世界に相かかわるヤクザのアンチャン川崎(遠藤征慈)とも見える、川崎が軸になって回転していくからだが、そこは「どんでん返し」、オカマの話に収敵していく。やはり、女に変身する男の話なのだ。

 この映画に限らないが、神代の作品は、ピーター・ウォーレンの言葉を、誤解をおそれずに拝借すれば、「記号的」だ、ということを書いたことがある。その解釈はいまも変ることはない。ソシュールらによって開拓された記号学。言語体系にだけこだわっているのにあきたらないウォーレンは、映画において、「指標的、写像的、象徴的な」記号学を組立てようと試みた。欲張りな著者は、マカヴェイエフ、ベルトリッチ、ローシャ、そしてゴダールら、政治的作家に映画記号学を見るのだが、私は非政治的作家の神代辰巳にこそ、記号映画のすぐれた表現をみるのである。

 紙数が尽きようとしている。神代の記号映画については別に論ずるとして、『どんでん返し』についていえば、映像に象徴的にかたりかけ、写っているものの意味を増幅する音楽の効用がある。神代の映画は、いつも音楽(あるいは音)が映像と相乗して、ひとつの映画世界をつくりあげていることに気が付くのだが、この作品とて例外ではない。歌謡曲、歌曲の断片(これの断片が記号的なのだ!)がひんばんに挿入される。

 ヤクザが歩く、スケバンが歩く、「あんたがたどこさ」の歌がかぶさる。初老男の腹上死には「葬送行進曲」が、オカマとヤクザの結婚式には「結婚行進曲」の破廉恥な断片が高なる。そして変身しきったオカマ北山の歩きにかぶせて「女ですもの恋をする」「ベルサイユのパラ」のコマギレが響く。

 あくまで暴力的で、喜劇的で、それゆえに批評的なこの作品、一年間ホサれていた神代の、溜めに溜めた才のほとばしりが痛烈だった。これは、この映画に対する序論で終った。改めて論じたい。

文・斎藤正治 「キネマ旬報」19773月下旬号より転載

悶絶!!どんでん返し』 【DVD
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監督: 神代辰巳 脚本:熊谷禄朗
価格:2,200(消費税込み)
発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング


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