「あの頃のロマンポルノ」 by キネマ旬報

 

第14回 『おんなの細道 濡れた海峡』

2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえました。それを記念して、「キネマ旬報」に過去掲載された記事の中から、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げていく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時連載していきます。(これまでの掲載記事はコチラから)

今回は、「キネマ旬報」19806月上旬号より、寺脇研氏による日本映画批評 『おんなの細道 濡れた海峡』を転載いたします。

1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

■日本映画批評 『おんなの細道 濡れた海峡

 冬、うらぶれた空気の漂う、三陸地方の小さな町や村が舞台だ。鉛色によどんだ荒い海、魚のにおい、屋根や路地を覆う雪。そうした風景の中で、物語が進められていく。淡々とした語り口だ。主人公の男を演じる三上寛の持ち味もあって、瓢然とした調子も交えられる。そそりたつ絶壁で海をのぞみながら脱糞するくだりなどもあって、観る側を緊張させない軽みをたたえている。

1980_onnanohosomichi.jpg
 しかし、語られる内容はなかなかに深刻だ。登場人物たちは、皆、せっぱつまった気持で生きている。山口美也子のストリップの踊り子は、ヤクザの親分である亭主から逃れて、男と一緒になりたい、と思いつめている。亭主から阻まれると自棄になって睡眠薬に溺れ、廃人寸前になるほどに、だ。草薙幸二郎の亭主は、離反されながらも、妻である彼女を深く愛している。最後、彼女が薬にむしばまれるのをおそれて、男と旅立つことを許してしまうほどに。

 また、もう一つの男女のつがい、石橋蓮司の漁船員と桐谷夏子の情婦も同じだ。九州に妻子を残して出稼ぎに来ている彼の気持は、情婦と妻子の間で揺れている。その揺らめきが、港で帰りを待つ女の不安をあおるのだ。さらに、主人公が行きずりに知り合った小川恵の若い娘は、不治の病にとりつかれたことを宣告され、自殺をさえ考えている。そして主人公自身、ヤクザに脅され死の恐怖にまで晒されても、踊り子を連れて行こうとあがいているのだ。

 だから、彼らのからみ合う情交の場面は、どれも切迫した感じがみなぎっている。男と踊り子が、殺されるかもしれない、これが最後になる、と抱き合うとき。船員と情婦が一晩寝ずに激しく愛の交歓を重ねるとき。不安にかられた情婦が、船員の留守に男と一夜を過ごすとき。病に耐えて生きようと決意した娘が、子供が欲しい、と願って男を誘うとき。皆、とても美しい。

 ぎりぎり、せっぱつまった心境でいる人間たちの性の営みがみせる迫力は、ぼくたちの生活と性とが不即不離の関係であるのを、あらためて認識させてくれる。興味本位、欲望本位だけで成立する性行為は空疎でしかないけれど、そうでない真情こもったものには、観ている者にも届いてくるエネルギーがこもっているのだ。それは美しく、感動的でさえある。

 地味な作風だが実生活の中にいる人間の姿を存在感たっぷりに表現する腕前には定評ある武田一成監督。田中小実昌・原作、田中陽造・脚本を得て、みごとにひとつの世界を創り出している。作者たちは、生活と性とのかかわりを正しく把握し、その機微を十分に心得ているのだ。<

 この作品では、性は見世物ではなく、人間の心情を雄弁に物語る材料となっている。登場人物たちの心が、せつせつと伝わってくる。ことに、臆病な自分を励ましては愛する踊り子のためにヤクザたちに挑む主人公の「匹夫の勇」には、こちらも奪い立たされる思いだ。ぼくたちも同じ匹夫で、勇を鼓そうともがいているのだから。

文・寺脇研氏 「キネマ旬報」1980年6月上旬号より転載

おんなの細道 濡れた海峡』 【Blu-ray】
HPXN-85.jpg
監督: 武田一成 脚本:田中陽造 原作:田中小実昌 
価格:4,620円(消費税込み)
発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング

コラム一覧へ