「あの頃のロマンポルノ」 by キネマ旬報

 

第12回 女優 谷ナオミ インタビュー

2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえました。それを記念して、「キネマ旬報」に過去掲載された記事の中から、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げていく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時連載していきます。(これまでの掲載記事はコチラから)

今回は、1979年発行『キネマ旬報』8月下旬号に掲載されました、女優・谷ナオミのインタビューを転載いたします。

1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

■ニッポン個性派時代 女優・谷ナオミ
「もちろん引退は、結婚ということもありますけど、私30歳ですし、お肌の曲り角ばかりじゃなくて、体の曲り角でもあるんですよ。特に私の場合、SMということでハードですから、体を維持してゆくのが非常に大変なんです。機械でもフル回転してると、どこかしら悪くなるのと同じで『縛りの後遺症』とでもいいますか、それが出てきたんてす。」

 6月26日、引退記念作品『団鬼六 縄と肌』の追いこみたけなわの、調布のにっかつ撮影所に谷ナオミさんを訪ねた。今回は特に強行なスケジュールで、朝5時に家を出て、帰ったのが翌朝6時半という日もあったとか。インタビューも宣伝部の部屋で10分、スタシオのセットで15分といった慌しさ。けれど、しっとり和服の谷さんは、支離滅裂な僕の質問にも、快く応えてくれた。とにかく貫禄があった。謙虚さがあった。気高さがあった。

 「まずは体を直したいと。素ッ裸ですからね、私のSMは全くのトリックなしなんです。去年、撮影中にダウンしちゃったんてす。急にオナカが6ヵ月くらいに腫れあがっちゃって。腹膜からラッパ管、内臓が炎症おこしてるっていうんです。ドクター・ストップがかかりまして。主人(歌手・大道鉄郎氏)も大反対しましたけど、無理して撮影やっちゃったんです。とにかく体のいろんなところに、大きなシコリができてるんですよね。」
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 デビューして12年、出演作品は200本を超えているという。

 「私、芝居が好きでしたし、初め松竹のお話があったんです。でも博多ナマリがひどいんで学校に入りなさいと言われたんですよね。けれど学校に行ったにしても、岩下志麻さんや吉永小百合さんのようになれるという保証がないわけですよ。生活もかかってますし、好きな芝居ができる、主役をやれるというのは、その当時ピンクしかなくて。裸になんなくちゃいけないけども、小さくてもいいから一番になりたいと思って、今日まで頑張ってきたんです。」

 初めは人妻とか女学生の役が主だったが、小森白監督の刑罰史シリーズに出演した時、縛りや吊しに耐えられる女優が谷さん以外になく、そんなことから、このテの映画に起用されることが多くなる。

 「そんな時分に団鬼六さんが、本を書く上においてイメージに出てくるのは谷ナオミである、と言われて。『縄が似合う女性』ってのは、色んな条件があるらしいですね。たとえば長い黒髪で、和服が似合って色白で、縛れば縄がドクッと食い込むようなものであるとか。こう、やさしいだけじゃなく、ちょっときつい顔の。それにピッタリらしいんです。それでまあ、何となくSMを続けてきたんですけど。やはり役者ですから、色んな役柄をやれなくちゃいけないと思うんだけれど、自分にしかできないものを一つ持っててもいいんじゃないかと。それがたまたま、私の場合SMだったということですね。」

 SM=谷ナオミ、SMの女王とまでに言われている。引退による谷ナオミの伝説は、《ナオミズム》という一言葉を谷崎潤一郎から奪いとるやもしれぬと、僕は思っているのだが。しかし、女王と崇めるにしては、谷さんの、文字通り撲たれ吊され縛られの毎日は、すさまじい肉体労働の何ものでもない。僕の見た谷さんの手は、とても女優さんのとは思われなかった。
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 「縛りというのは、精神的に非常な苦痛なんです。実際マゾのの女性が演じたら、SMはできないんです。痛いッて顔しなきゃいけないのに、ヨガっちゃうわけですよ(笑)。ローソクたらしたり、ムチで叩いたりってのは、アトになったりしても一瞬の痛みだから我慢できるんです。でも縄ってのは、じわじわじわじわくるでしょ。全身縛られて、一ヵ所ちょっときつくなると、全部が締ってくるんです。これで全身血マメができるというのは、普通の人じゃ耐えられないと思うんです。私の後継者は恐らく出ないでしょう。肉体的にも無理だし、私と同じような目にはあわせたくないという気持ちがありますね」

 「逆さ吊りってのは、男でも我慢できないですよ。柔らかい肉に縄が食い込むのは、見た目よりさほど痛くないんです。でも手首とか関節部分は、全くクッションがなく、ジカにくるんです。それを、西城秀樹さんの歌じゃないけど、Yの字に足広げて吊るわけですよ。重心が真ん中にくるでしょ、両足がもたないですね。だから縄を解かれる時は、もう体中バラバラという感じなんです。」

 「谷ナオミ劇団」を率いて地方を巡演すると、客の差し入れにはオロナイン軟膏とかバンドエードが多いという。遠くから駆けつける熱心なファンもいる。主演女優賞にノミネートされていた第2回日本アカデミー賞の時にも、谷さんは晴れがましい席は好きじゃないと、予定通りその日は、地方の舞台に立って観客の拍手に応えていたのである。

 「私、ポルノをやるようになってからは、日焼けしちゃいけないから一度も海に行ったことがないんですよ。それに肌の手入れしてなくちゃいけないし。普通の女優さんなら、出るところだけ手入れしてればすむけれど、私たちの場合、全部さらけ出すわけですからね。」

 肉体がもうSMに耐えられないのであれば、よくあるパターンとして、演技派とか、性格俳優に転向するという道を、どうして選ばれなかったのか。それに対して、自分は無器用だから役者と主婦業とを両立させることができないと、谷さんは答えた。僕は、その裏には役者として、そうした方向転換を潔しとしない一つの誇りのありようも、うかがえる気がした。プロの矜持である。

 「日本人に寅さんがなぜ受けるのかというのは、やはり喜劇の泣き、笑い。それに私等は、お色気が出てきます。これは絶対必要なものじゃないか。それを一つ突きつめたSM。やはりSMというのは、縛ったり、吊したり、というのが描きやすいから、どうしてもやっちゃうんですけど。もっと内面的な、焦らしたり辱めたり、その過程を大事に撮ってほしいと思うんです。だからSMというものを特別どうとかは、考えてないんです。」

 馬と同じに脇目もふらず、一つのことに全力疾走できて、本当に悔いはないという。劇団の引退興行は、今年いっぱい続くが、映画はこれが最後だ。女優の引退記念映画というと、藤純子や白川和子を思い出させるけれど、谷さんの引退は、むしろスポーツ選手、たとえは長嶋茂雄のそれに似ている。

「昭和42年、栄光のピンク映画界に身を投じて以来......」とパロディにするのは失礼かと思うが、一つの同時代を共感するものとして、やはり谷ナオミは永遠に不滅なのである。

 本当に切っても切れない関係にあった縄から解き放たれて、谷さんは一人の平凡な主婦になる。引退したら、腰まである長い髪をバッサリ切って、思いきり海で泳ぐんです、と楽しそうに話す笑顔が、とても印象的だった。

文・尾形敏朗 1979年『キネマ旬報』8月下旬号より掲載

谷ナオミ
昭和231020日、博多に生まれる。本名、北里直巳(明美改め)。既婚。尊敬する俳優:渥美清、市原悦子。好きな言葉:根性。

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