「あの頃のロマンポルノ」 by キネマ旬報

 

第1回『白い指の戯れ』①

来る2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえます。それを記念して、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げる定期連載記事を、本キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時配信いたします。「キネマ旬報」に過去掲載された、よりすぐりの記事を「キネマ旬報WEB」にて連載していく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。(本記事以外の掲載記事はコチラから)

連載第1弾は、斎藤正昭氏と飯島哲夫氏によるコラムを「キネマ旬報」19729月上旬号より、前編、後編の二部構成にて、転載いたします。ロマンポルノ作品として1972年第46回「キネマ旬報ベスト・テン」の第10位に選ばれ、脚本賞を神代辰巳、主演女優賞を伊佐山ひろ子が獲得した『白い指の戯れ』をピックアップ。斎藤正昭氏による映画評(前編)をお届けいたします。(※脚本賞と主演女優賞は第6位の『一条さゆり 濡れた欲情』とあわせて受賞)。

1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

■問題作批評:日活ロマンポルノ「白い指の戯れ」【前編】
日活ロマンポルノのある転回を提示
感性ポルノの共犯者達

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白い指の戯れ』は、日活ロマンポルノのある転回を提示した秀作である、と私は思う。誤解をおそれずに言えば、これはもはやポルノではなく、香り高い青春映画だ。

男が性的にワイセツで、未熟な女の性を深めていってやるというのが、ポルノ映画の一般的パターンなら、この作品の主人公の一人荒木一郎はなんと性に淡白なことか。ポルノ映画には場違いな主人公が登場してきた。女と接合するさいでもサングラスをはずさない。タバコをくわえていたり、チューインガムをほうばっていたりする。

日活ロマンポルノのこれまでの主人公たちが、この性を貫徹しなければ、と汗みどろになって打ち込んでいったのに対し、荒木の性への対応は、食ったり遊んだりと同じように、単に男や女の属性のひとつだぐらいに思っているようで、まことに不熱心な若者である。

女の伊佐山ひろ子にしても同様だ。処女から、後背位を楽しむ女にまで成熟していくというポルノ人物の変身経過をたどってはいるが、子宮が男を呼んでいるというようなぎらぎらする女のイメージがない。

この人物たち、よく町を歩きまわる。あてもなく歩きまわる。そして屈折する感情を、つぶやきとして言葉にする。どこかで見かけた人物たちである。

性への淡白さと、醒めた意識の若者、ひとかたまりになってゾロゾロ歩くグループ劇。もうおわかりだろう、日活ニュー・アクションの人物たちのイメージとぴったり重なり合っていることが。

荒木一郎はカービン銃を持たない藤竜也であり、伊佐山ひろ子は、狂暴性を欠いた夏純子なのだ。彼らはピストルやカービン銃を、性に持ちかえて、再登場してきたのである。

伊佐山ひろ子のラストの『自爆』行為、名乗り出なければ逮捕されずにすんだものを、自分でつかまりにいくことで果した自己解体、スリとった犯人の荒木一郎の方は、無残に女を捨てて去っていったーという結末も、ニュー・アクションの文体だ。

このような人物たちは、『濡れた唇』ですでに見ることができた。
style=”text-align: left;”>あの若者谷本一は、ガールフレンドにペッティングを拒まれると、「屈辱を受けました、腹でも切りますか」と独白しながら、町を走っていった。『白い指の戯れ』の伊佐山ひろ子は、抱かれたあと「私、女でよかったワ」と所在なげに繰返えしつぶやき、ちょっぴり悲しくなると「死のう死のう」とひとりごとをいいながら歩きまわる。

濡れた唇』も『白い指の戯れ』も、脚本は神代辰巳(「濡れた唇」は山口清一郎と共作)だ。
これまでのポルノが性を肉体と生理で描いたものなら、神代や村川透は、それを感性でとらえたといえるだろう。

『感性ポルノ』の共犯者は、もう一人いる。カメラの姫田真左久だ。『濡れた唇』『白い指の戯れ』と、行き先きもさだかでない、とらえどころのない若者の、心情的行動を、流れるようなカメラワークで、映像化した。これも一連のニュー・アクションの成果の流入だといえよう。

若者の感性を華麗な映像でとらえたこの作品を見ながら、私はある種の危惧感を持った。ポルノ映画はこんなに美しくていいのかという疑念でもある。ワイセツ感が極端に稀薄なこのような作品が、日活ロマンポルノのこれからの『潮流』になっていくのだろうか。

というのはニュー・アクションの栄光を背負った藤田敏八沢田幸弘も作品を準備中と聞いたからである。エロやポルノと無縁だったというより、ストイックなまでに拒否してきた彼らが参加することで、神代・村川らの作業が提起したもの、悪くいえぽ清潔なポルノは、いっそう展開されていくだろう。日活ロマンポルノは、全く質をかえていくことが予想される。

変質するのはいい。が、ポルノ映画はワイセツ性にこそ存在の意味がある。性表現を拡げていくことがポルノ映画だということをお忘れなく。
文・斎藤正治(「キネマ旬報」19729月上旬号より転載)

白い指の戯れ』【Blu-ray
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監督:村川透 脚本:神代辰巳・村川透
価格:4,200円+消費税
発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング.


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