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石井隆さんコメント【『天使のはらわた』シリーズBD化に当たり】

「天使のはらわた」シリーズ4作の7月4日ブルーレイリリースにあたり、同シリーズの原作&脚本を務め、第一回監督作品として「赤い眩暈」を監督し、新たに各作のジャケットとボックスのアウター原画の描き下ろし装丁を行う石井隆監督にコメントを頂きました。


「名美」の描き下ろしにあたり、原作、ヒロイン「名美」そして、日活ロマンポルノについて、石井監督の想いを語って頂きました。石井監督のコメントは下記の通りです。



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 今回BOXと各ジャケットにイラストを描くように依頼され、逡巡したのは、絵のトーンだ。『天使のはらわた』が映画化された時、僕は劇画家であり、原作者だったけれど、その当時の劇画のペンタッチにするか、あるいはもう一つ、 インクを筆で塗り重ねて写真のようなタッチで描くイラストのトーン――既発売の『天使のはらわた 赤い眩暈』のポスターとDVDのジャケット絵のような――この2通りのいずれにするかを迷ったのだ。何故、迷ったのか。


 映画監督志望で上京、大学に入ったものの、斜陽の日本映画界では社員の採用がない。バイトで日活撮影所の撮影に潜り込むも、病弱で挫折を重ね、いつの間にか劇画を書いて生活するようになり、だから僕にとっての劇画はどうしようもなく、映画の代替行為だった。始まりは穴埋めに描かされた『黒い事件簿』のような劇画で、カメラを持って夜の新宿をロケハンし、その写真を背景に使いながら、名美と村木の物語を、答えの出ない女と男の関係を繰り返し繰り返し描いていた。当時の漫画は子供が読むものだったから、生身の女と男の描写は驚かれたのだろう、それから4年後、僕は幸運だったのかも知れない、上村一夫さんや真崎守さん、宮谷一彦さんたち精鋭が筆を振るっていた『ヤングコミック』(少年画報社)から声が掛かり『名美もの』の短篇連載が始まり、それから間もなく、長篇『天使のはらわた』が開始、3年間にわたり1000頁を描き下ろした。映画化の声が掛かったのはその2年目、予期せぬ形で僕は映画の現場に戻れた。


 しかし、その当初はまだそういう蔑称はなかったのだが、『天使のはらわた 赤い教室』の公開後の頃だろうか、今でもコメンテーターや文筆家として活躍する某氏が、僕の劇画にエロ劇画、それも『三流エロ劇画の旗手』というレッテルを貼った。彼におそらく悪気はなく、時代の空気は過激な傍流を求めていて、一種のアジテーションだったのだろう、しかしそれが彼の狙い通りマスコミ受けして宣伝され、僕は大手の出版社で決まりかけていた二本の連載企画が中止になった。「うちは一流なので三流は使わないと上司が言っている」というのが担当編集者から伝えられた理由だった。


 その状況の中でロマンポルノに原作を提供し続けることは客観的に見れば火に油だったし、実際ロマンポルノの開始時には日活のスタッフにも〝ポルノ〟に抵抗を示し、名前を変えて参加している人も、日活を去った人もいた。しかし、その一方では殆どのスタッフは女と男を描く映画として矜持を持って堂々と実名で参加していたし、更に企画の担当者が熱心で差別意識はなく、女優も男優も頑張っていた。僕も何を言われようが女と男を描くことに後ろめたさなどは微塵もなく、原作を提供し続けシナリオを書いた。そこは僕がかつて絶望的に諦めなければならなかった映画の世界だったからだ。


 だが今回、当時、蔑称で呼ばれた僕の劇画のタッチでジャケット絵を描くのは、矜持を持って、今も傑作、力作として遺っている映画の数々に、自分で蔑称のレッテルを貼り直すことになるのでは、だとしたら劇画の一方で僕があの頃描いていた、劇団の公演ポスターなどにも提供していた、何故か女性にも受けがいいイラストタッチで描くべきだろうか、それを逡巡したわけだ。時代がどんなに変わっても〝ポルノ〟への偏見がなくなったとは思えないからだ。


 そんな迷いは、僕が監督した『天使のはらわた 赤い眩暈』はさておき、原作・脚本で参加した10本を見直し、これらも含めてロマンポルノの17年が無かりせば、日本映画における女と男の関係性の描写、表現は果たしてどうなっていたのだろう? と思った時に消えた。関係者は皆、人生を賭けてこの差別されていた領域に全力でぶつかって行き、女と男、あるいは男と女の関係性をそれぞれに描き続けたことに思いは至った。だったら僕も拭っても拭っても消えない蔑称にめげず、敢えて当時の劇画タッチでジャケットを描こうと、名美をしっかり描こうと、描いた。少しでも多くの人たちにそれが届けばと願いながら。


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現在、石井監督は〆切を睨みながら、執筆中です。リリースに乞うご期待ください!



<石井隆プロフィール>


早稲田大学卒業後、劇画家デビュー。成人劇画誌をメインとして、男女の性を独特のタッチで描き、一部で熱狂的なファンを生む。「ヤングコミック」(少年画報社)連載の『天使のはらわた』が日活ロマンポルノで映画化されると、 第2作の『天使のはらわた 赤い教室』 (1979) で脚本を担当、以降シナリオ・ライターとして『ラブホテル』 (相米慎二監督・1985)他ロマンポルノの諸作を執筆する。薄幸のヒロイン・名美と村木との、堕ちていく男と女のすれ違いのメロドラマを性愛の中に描きつづけた。「天使のはらわた」は『名美』・『赤い淫画』とヒットを続けロマンポルノの看板シリーズとなる。『天使のはらわた 赤い眩暈』(1988) では念願の監督デビュー。それまで脚本家として書き続けた「名美と村木」のドラマを、雨・夜、等の印象的な映像の中に自ら集大成として描きあげた。以降は一般作を監督、『ヌードの夜』(1993) 『GONIN』(1995)『花と蛇』 (2003)、等エロスとアクションのジャンルをメインとして、個性的な映像とドラマの映画を一貫して作り続けている。『GONINサーガ』(2015)では『GONIN』から19年後を渾身の一作として完成した。

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