ロマンポルノ『ラブレター』が表紙になった月刊『シナリオ』誌の導きにより、シナリオ作家養成講座なるものに通うことになったことは、この前書いた。
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今ではすっかり黄ばんでしまった同誌の頁をめくり、その広告のところを開いてみる。
授業期間は昭和56年9月21日から6ヵ月間の毎週月木、午後1時半から3時半まで。納入金は入学金3万円プラス授業料月1万円の6ヵ月分で合計9万円。
この金額は二十歳の男にとって、決して安くはなかった。文房具屋のアルバイトで、細々と貯めてきた金をあてた。生まれて初めての自己投資だった。
斎藤青年がロマポ道を踏み出すきっかけになった、「月刊シナリオ」誌81年9月『ラブレター』掲載号。シナリオには線が引かれ、ボロボロになるまで読み込まれています。 |
教室は南青山にあった。生徒は20人前後。年齢も職業も様々で、私が最年少。
講義内容はというと、月曜日は初歩からのシナリオの書き方、木曜日は課題シナリオの発表。これは、毎回の終りに『ハンカチ』とか『本』とかの題材を与えられ、各自が次回までに200字詰め原稿用紙20枚のシナリオに仕立てて、全員の前で読み上げ、それをもとに合評会を行うというもの。
それ以前にシナリオめいたものを書いた経験は、高校生の頃に友人らと8ミリ映画を撮ることになり、徹夜してレポート用紙で百枚近いシナリオらしきものをでっち上げたことがあるくらい。結局、人間関係のもつれから撮影は頓挫し、その処女作は「いつか俺が映画化してやる」と言った監督役の友人に託したまま、当然ながら日の目を見ることもなく、今となってはスジさえどんなだったやら。
ただシナリオはよく読んでいた。通っていた高校の図書室に映人社刊行の『日本シナリオ大系』があった。五巻にも及ぶ分厚い日本映画のシナリオのアンソロジーで、毎週土曜日の午後は学校に残って、その本に没頭していた。『浮雲』『巨人と玩具』『総長賭博』『モスラ』『少年』『晩春』『キューポラのある街』『赤線地帯』・・・・・・さすが名作と言われるだけあって、文字だけを追っていても十分面白かった。
まだビデオなどなかった時代、ましてや映画館に出向く小遣い銭もままならない高校生の私にとって、窓から差し込む陽光に溢れた図書室で過した土曜日の午後は、見かけこそ静謐なひとときだったが、刺激とスリルに満ちていた。
さて、ようやくロマンポルノの話を。
その『日本シナリオ大系』の中に『一条さゆり・濡れた欲情』が入っていた。これこそ自分にとってロマンポルノ(シナリオだけど)初体験。ドーンと分厚い『日本シナリオ大系』なんかを手にしたキッカケも、これが載っていたから。だが、読後の感想はと言うと、あまりにも「芸術的」。少なくとも自分の住んでいる街に散在していたロマンポルノの極彩色のポスターから期待できるような世界とは、大きく隔たっていた。
むしろ同書中の『無常』の姉弟相姦や『浮雲』の伊香保温泉での主人公男女の混浴の場面の方が、遥かに暗く澱んだエロティシズムを感じさせてゾクゾクきた。
これは神代辰巳監督自らの手によるシナリオが、通常の物語にみられる起承転結パターンから逸脱していて、高校生の私の理解の範疇を越えていたからかもしれない。
さらに「はるみは大吉を口にふくんでやる」といった、性描写におけるシナリオ特有の記号的素っ気なさに、拍子抜けしまったことも大きい。「向学心」旺盛な高校生としては、微に入り、細に渡った描写を期待しないわけにはいかないでしょうが。
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このような過去にシナリオを読んだり書いたりした体験から得られたのは、鉛筆一本で映画を成り立たせてしまう楽しさ。だが、大勢の前で自作を読んだり、ましてや合評会だなんて、そんな楽しさとは別物で、苦痛としか呼びようがなかった。
初めて自作の朗読に臨んだ時の緊張は、今もって忘れられない。作品が次々と読み上げられてゆくが、どれもあまり面白くない。その場には男女二人の専任講師がいて、長所短所を指摘しつつ、いろいろ指導してくれるというわけだが、概ね評価はボロクソ。当然、それに追従する生徒らも同じ感想。書いた本人は、それなりに自信を持っているので、皆、憮然とした面持ちで聞いている。
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歴史的ロマポスタート『団地妻・昼下がりの情事』脚本。はじめはこのタイトルだったんです。
からみ部分が真っ赤なマジックで塗られてました! |
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やがて、自分の番が来た。ワキの下から冷たい汗が伝い落ちるという生理現象を初めて知った。
その時に書いたものは、目の見えない少女が手術を受け、包帯を取る瞬間の描写だった。真っ暗な画面から始まり、包帯を取られて光を感じる。飾られた花が見え、医者や看護婦、そして両親の顔が見える。歓びが込み上げてくる。最後に鏡で自分の顔をのぞく。そこには傷だかケロイドだかで、見るも無残な自分の顔が。少女はごく幼い頃、事故で失明していた・・・・・・といったような内容。見ることのできた歓びと見えてしまった悲しみを、20枚という制限の中でショッキングかつ陰影深く描いたつもりだった。
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読み終えた後、しばしの沈黙があって、専任講師の二人が口火を切った。出てきた言葉は、何たることか文字通りの絶賛。
当然、生徒らの評もそれに従うことに。講師らは私の知ってたり知らなかったりするこの教室出身のライターの名を上げ、「彼らも初回から光っていた」と言った。
私は一躍、この期のホープに祭り上げられた感じになった。気恥ずかしくて、とてもじゃないが書けないような褒め言葉が飛び交う中で、脚がガクガク震えるという生理現象を初めて知った。
『団地妻〜』併映の『色暦大奥秘話』脚本。このタイトルもいいですねえ。 |
この日以来、自分には才能があると信じ込んでしまった。醜いアヒルの子は、もしかして白鳥かも?といった心境。いや、おだてられたブタが木に登ってしまったというべきか。まだまだスレていなかった二十歳の私は、ちょっと褒められただけで舞い上がってしまったのだ。
ただ、才能があるという思い込みも、生きてゆく上で必要だった。大学もドロップアウトしていて、これからは通常の土俵で勝負する術はなかった。でも、書くことでなら何とかなるのかもしれない。
可能性にすがるしかなかった。なけなしの9万円を払い込んでいるんだし。
こんな時に出会ったのが、またしても月刊『シナリオ』誌。1981年11月号で、この時の特集は『にっかつロマンポルノ・作家達のにっかつ10年』というロマンポルノ10周年を記念したもの。大工原正泰・中野顕彰・桂千穂・鹿水晶子・荒井晴彦・三井優という豪華メンバーによる座談会や田中陽造・竹山洋・中島丈博・白鳥あかね・田中登らへのアンケート、さらにライターの名が太字になった公開全作品リストまで載っていて、おまけに掲載シナリオは『鳴呼、おんなたち猥歌』に『ズームアップ暴行白書』という何とも充実した内容。
渋谷から青山の教室へ歩いて向う道すがらの本屋で何となく買い求めたものだが、自分の指針を決めた重大な出会いとなった。
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読んでわかったのは、若いライター志望者には書く場としてロマンポルノがあり、そこで十分通用すれば、さらに一般映画やテレビドラマへの道が開ける。すなわちロマンポルノはシナリオライターへの輝ける登竜門ということ。そういうことなら、戦略としてロマンポルノを視野に入れないですまされるわけにはいかない。
今、その号を手に取り、感慨も新た。表紙はポルノではないが同時掲載の中島丈博のシナリオ『夏の別れ』のワンシーンで、主演の萬田久子と仲良く手をつないでいるのは、それから数年して自作シナリオによるロマンポルノ『ロリータ妻 微熱』へ山本奈津子の相手役で出演することになる安藤一夫。自分にとって、まさに運命的な一冊だった。
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この号が斎藤青年の運命を変える! |
こうして少年の頃から極彩色のポスターで馴染んできたロマンポルノの世界へ、まずは文字を通して踏み込んでいった。
やはり『シナリオ』誌の広告で知った神保町の映画演劇専門の矢口書店へ出向き、同誌のバックナンバーだけでなく、『映画評論』『年鑑代表シナリオ集』その他ロマンポルノのシナリオが掲載されているものなら片っ端から買い求め、読破していった。『赤線玉の井 ぬけられます』『○秘色情めす市場』『秘本袖と袖』『肉体の悪魔』『肉体の門』『東京チャタレー夫人』『牝猫たちの夜』『八月はエロスの匂い』『○秘女郎市場』『ためいき』『暴行現場』『おんなの細道 濡れた海峡』『悶絶どんでん返し』『オリオンの殺意より 情事の方程式』『堕靡泥の星 美少女狩り』『濡れた週末』『赤い髪の女』・・・・・・他にも、『愛欲の罠』や『荒野のダッチワイフ』等のピンク映画や桂千穂氏のシナリオ作家協会新人コンクール受賞作の掲載誌、さらに出たばかりの『日本シナリオ大系』第6巻も購入。これには『人妻集団暴行致死事件』が載っていた。
ある日、この分厚い本を満員電車で読んでいると、スーツ姿の管理職タイプのおじさんに「こんなところでデカイ本を開くな!」と怒鳴られた。それでも無視して読み続けられるほど肝が据わっていたのも、シナリオという言葉で構築された映像世界に夢中だったからだろう。
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楽しい表紙もあるんです!『透明人間・犯せ』はハートだけ見えてるし、
石井隆脚本作『天使のはらわた・名美』はオリジナルイラスト入り!しゃれてる。
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当時入手したロマンポルノのシナリオの大半は散逸してしまい、数えるほどしか手元に残っていないのが残念。押し入れの隅に今でも残されているのは、『シナリオ』誌の『秘本袖と袖』と『おんなの細道・濡れた海峡』の掲載号、それに『日本映画シナリオ選集』の80年度と81年度。この二冊には『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『狂った果実』『翔んだカップル』『風の歌を聞け』等が載っていて、よほど読み込んだらしく、製本が痛んで頁がバラバラになっている。
これらと先述の『シナリオ』誌の『ラブレター』掲載号とロマンポルノ10周年記念号が私のシナリオ修行時代の遺物。愛着と思い入れから捨てられなかったようだ。
さて、当時の私のアイドルライターは、何といっても田中陽造。
文字で追っているだけでも、これほど面白い書き手はいないのでは、というのが当時の感想。この作家の特徴としてよく指摘されるのは、オブジェと登場人物との官能的な関係。ちょうどその頃公開された『ツィゴイネルワイゼン』などはその頂点で、溢れ返ったオブジェだけで成立してしまったような映画。でも、一番感心したのは、何よりも文章が天才的に上手いというか、映像的なイマジネーションを喚起する上での言語能力が突出している点。それとセリフとト書きの呼吸が絶妙。
『おんなの細道 濡れた海峡』のシナリオのあちこちに、当時の私による鉛筆の印が。
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『女の細道・濡れた海峡』より三上寛と桐谷夏子 |
そのひとつが妻子持ちの漁師ヒラさん(石橋蓮司)と東北の港町にいる愛人カヤ子(桐谷夏子)との絡み。二人は終りを予感しているが、腐れ縁が続いている。ヒラさんはカヤ子の黒髪を骨太の手に巻きつけ、「骨がきしむほど」行為に励む。これから抜き書きするのは、その情交後の場面。凡庸な書き手だと「ベッドで気怠く煙草を吸う二人」のヴァリエーションの域で収束してしまうところだが、名人の手にかかると以下のようになる。
男、右手の指にからみついた女の抜け毛を一本ずつときほぐ
している。
そしてストーブの火口にクモの糸みたいに垂らして、焼く。
カヤ子「やめてよ」
男、ジジっと音立てて燃える髪をじっとみている。
カヤ子「焼き場の匂いがするじゃない」
ヒラさん「・・・・・・・・」
カヤ子「私が焼かれてるみたいじゃない」
女、男の腕を押さえる。男の指を口に入れて、噛む。
ヒラさん「・・・・もっと噛めよ」
女は上目使いに睨んでいる。男の指は荒く節くれている。
ヒラさん「もっと噛めよ・・・・」
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石橋蓮司と桐谷夏子
(『女の細道・濡れた海峡』田中陽造脚本より) |
ああ、何て上手いんだろう。
ト書きでそれぞれの名前を男と女にしてしまう感覚。まるでコブシがきいた演歌ではないか。
こんなシナリオで傑作が撮れない監督がいたら、どうかしている。
そうだ、映画も観てみよう!
同じ田中陽造のシナリオ『秘本袖と袖』の中の「落花狼藉の風情となり、巨大な蝶のように身悶える」というト書きや、ラストに登場する担架に横たわった石膏人間、そして神波史男のシナリオ『狂った果実』のレ
イプシーンにおける「糞ッ!糞ッ!糞ッ!」を連発する激情に駆られたような熱いト書き、あるいは荒井晴彦のシナリオ『赤い髪の女』の中の「(局部へ)スクリューのように絞られたタオル、呑み込まれてゆく」といったト書きが、どのように撮られているのか興味津々だった。
こうして、私はロマンポルノを観るというステップに移行。読んだシナリオの上映館を情報誌で探し出しては観に行くことに。今よりはるかにロマンポルノの上映が豊富だった時代のこと。たいていは読んでから1年以内で観れたと思う。どれも三本立てだったのでシナリオ未読の作品にも触れられた。
極彩色のポスターの世界の全貌が、ようやく明らかに。
普通はH目的で密やかにウハウハと見るのですが、支配人はなんとシナリオから入って、ロマポを観るなんてなんて文化的な方。ただのスケベおじさんじゃなかったんですねえ。でも、今はただのスケベおじさんかもしれないから油断は禁物。
次回はシナリオ教室に集まった個性的な人材たちと「ロマポ道」に突き進んでゆくさまが、まるでドラマのように展開されます。
支配人さん、この連載をシナリオにしてネオロマンシリーズやりましょう!
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註:シナリオ誌は斎藤さんご本人所有のものです。「シナリオ」編集部の許可の下に併載させていただきました。
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| (続く) |
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