私は渋谷パルコの最上階にあるシネクイントというミニシアターの支配人をしている。不定期だが女性のみ入場できるロマンポルノのオールナイト上映をしていることが縁で、『ロマンポルノ館』への連載のお話をいただいた。
“あたし”さんからのメール依頼では、「好きなときに思うままに書く。ポルノ魂をもってすれば、書くのはロマンポルノでなくともよい」とのこと。さらに、ここまで自己をロマンポルノに仮託できるのは批評家や監督や俳優にもいない。貴君は何を書こうが結果、自分とロマンポルノについて書くことになるだろう、という意味のこと続いていた。素直に納得し、引き受けた。
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なぜ、シネクイントがロマンポルノ上映を展開させるのか、とよく聞かれる。個人的に好きだからとか、オシャレなミニシアターで上映することで女性にもロマンポルノの映画的価値を認めてもらいたいとか、その都度いろいろと答えてきたが、全部デマカセとは言わないまでも、理由はもっと根深い。
11月23日「おんなのこのためのロマンポルノ講座」。学校より出席率いい? |
これについては今だかつて書いたことも語ったこともないが、ロマンポルノに愛着というより、自分と表裏一体の何かを感じている。
個人的な趣味の問題を越えた、この「表裏一体の何か」を文章でもって展開してみたい。 シネクイント
のHPにある『支配人日記』でも思い出したように、ロマンポルノのことを書き散らしてきたが、特定のジャンルばかりに偏向するわけにもいかず、限界があった。だが、この連載をいただいたことにより、心ゆくまでこの宿命について書くことができる。
ああ、これこそ望外の喜びと言わずに何と呼ぼう。 さて、本来なら第一回目ということで自己紹介的なことを、もっと書かねばならないのだろうが、ヌレヌレ大開脚の裸女を前にしているようで、やたら気が焦って突入したくなる。というより、本業の片手間での執筆なので、悠然と書いている時間なんかどこにもない。当方が「どんな人」なのかご興味がある方はシネクイントのHPを参照していただくとして、いきなりご挨拶代わりにロマンポルノとの出会いめいたことを書かせてもらう。
初めてロマンポルノへ意識的に接したのは二十歳の夏、月刊『シナリオ』誌を手にした時。三鷹駅前にあった書店でのことで、表紙がその時期に公開されていたロマンポルノ『ラブレター』の関根恵子だった。
当時、三鷹駅近くの文房具屋でアルバイトをしていた。大学は一年以上も不登校のままだった。何かをしなければと思い、何をしていいかわからなかった。あの日、本屋に入ったのは、答えを探していたから。はっきり覚えている。エスペラント語の参考書をめくった。次にケストナーの『わたしが子どもだったころ』を開いた。それから、『シナリオ』を手に取った。
『ラブレター』の関根恵子。美しい。 |
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電車での帰路、久々に明るい心持ちだった。何をするかのヒントが見つかったので。『シナリオ』にシナリオ作家養成講座なる広告が載っていた。後日、青山にあるその講座に通うことになる。
話をロマンポルノに戻すと、その電車の中で掲載されていた『ラブレター』を読んだ。 シナリオは田中陽造。ただただ感動した。同誌には『モア・セクシー 獣のようにもう一度』と並んで『ラブレター』の上映広告も載っていたが、「女のからだは、足から頭のてっぺんまで性器になるんです」というコピーがひどく軽薄なものに思えた。 田中陽造のシナリオは性を描きながら、同時に行き場もなく虚無の中に埋もれてゆく人間も描いていた。後年、東陽一監督で映画化されたものを観たが、その辺りを撮ってくれてなくて失望した。
数ヵ月後、自分もシナリオを書き上げた。 『蜜の日々』というタイトルだった。将来、「ロマンポルノのホンが書ければ」ということを意識したシナリオだった。新人コンクールに送ったら、最終選考で落ちた。だが、日活からロマンポルノの執筆依頼が舞い込んだ。 それから現在まで、すべてのことがロマンポルノという一本の糸でつながっているような気がする。『ラブレター』の掲載誌を手にした時から。今のパルコでの映画の仕事は、新聞広告で見つけた。当時いた上司は日活出身だった。面接の際、ロマンポルノや当時の日活周辺の話で盛り上がった。そして、採用された。人事担当者に言わせると、履歴書だけで数百通も来ていて、狭き門だったらしい。学歴もなく、世間の底辺で蠢いてきた不器用な自分が、企業に雇われるように何かをアプローチしたとするならば、ロマンポルノの話をしたことだけだった。
生きてゆく中で、折りにふれてロマンポルノが浮上してきた。
ロマンポルノに助けられ、あるいは指針を示してくれた。この連載をいただいたのも、ロマンポルノに自分がを再び誘われたのかもしれない。
書くにあたって、日活のご配慮により希望した作品のビデオを借りられることになった。先刻も数本を観た。できれば最初に接した時のように、様々な場末の小屋のスクリーンで再会したかったが、贅沢は言うまい。かつてロマンポルノを多く観ていた頃の勘のようなものを取り戻したかった。
観ているうちに、再びロマンポルノが体の中に入ってきた。血とともに全身を巡り、臓腑の奥底に甘い蜜のように澱んでいった。
やがて、自分はすべてを思い出した。 遠い日々を、重く暗い空を、末枯れた街々を、朽ち果てた映画館を。 そして、スクリーンの彼方、女神達の微笑みさえも。
というわけで、斎藤支配人にロマンポルノの思いのたけをガンガン語っていただきます。どうかクビになりませんように!
ちなみに斎藤支配人は年齢不詳ですが、確実に独身です。
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