今回の原稿を書くにあたって、今もシナリオを手元に残しておいた『狂った果実』『秘本袖と袖』『おんなの細道 濡れた海峡』のビデオを日活から借り、シナリオをめくりながらおよそ20年ぶりに観た。
『狂った果実』は、何よりも主演の二人の眼が凄い。本間優二は憤怒でギラギラ光っているし、蜷川有紀もつり上がり気味で、とっても悪人顔。二人がサディスティックなまでに引かれ合うのも、同類相哀れむからではと思わせる。
ただ終盤がやや大仰で、本間が出刃包丁で殺しまくるあたりの演技は、『タクシードライバー』のラストの襲撃シーンでのデ・ニーロそのまま。エンドシーンでのアリスの歌をバックに満身創痍の本間が転げつつジョギングする姿は、今の若い人が観たら失笑するのでは、と心配に。
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『狂った果実』のラスト、あたしは切なくて大好き。アップリンクさんからDVD化決定! |
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むしろ『おんなの細道 濡れた海峡』の力みのない端正さが今風「癒し系」で、普遍性を獲得している。
『秘本袖と袖』は官能が蒸し返るようで、なかなか良いムード。ただシナリオにないサービス的なセックスシーンが、物語の流れを悪くして感興を殺ぐ。これは凡作の部類に入るかも。初めて観た時は、もうひとつの『陽炎座』を発見したような気がしていたのだが。
というように、年齢や時代とともに映画の見方も変化する。ああ、もっともっとロマンポルノを見返してみたい。
こうしてシナリオの読み書き、三鷹にある文房具屋でのアルバイト、店のすぐ近くにあった名画座『三鷹文化』に『三鷹オスカー』、さらに都内近県津々浦々のロマンポルノ上映館に通い詰めるという映画三昧の日々は、飛ぶように過ぎて行った。
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『秘本・袖と袖』より
宮下順子と風間杜夫
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青山のシナリオ教室での自作の発表は、初めの数回こそ好評だったが、だんだん手の内を読まれて厳しい批判にさらされるようになってきた。シロウトに作風云々もないのだが、当時の私は物を書く上で個性的であること、目立つこと、アッと驚かせることにすべてを注入していた。9万円も払い込んでいるのだし、意地でも大人しくなんか振る舞いたくなかった。それに若いわりには様々な言葉を自家薬籠中のものとして駆使する術に長けていた。
私への批判は、内容の未熟さを表現力とハッタリでカバーしているというものだった。
そんな私を『少年は虹を渡る』という映画の主人公ソックリと言った年長の女性の生徒がいた。
その映画を知らなかったので、さっそく原作本とシナリオ掲載誌を入手して読んでみたら、人をびっくりさせることだけが生甲斐のいたずらっ子だということがわかった。ゴマメの歯ぎしりとして、聞き流したかった。
| (『少年は虹を渡る』は(こちらのぺーじで説明されています。確かに主人公に支配人似てます。) |
だが、このような批判はまんざら当たっていなかったわけではなく、いつしか私が物を書く上で越えられない壁となり、シナリオへの道さえ閉ざす要因ともなる。
それから2年後、城戸賞の最終選考において、自作が野沢尚の『Vマドンナ大戦争』に破れて落選した際、審査員の新藤兼人大先生のお言葉が回りに回って私のところへ。
「見せよう見せようという意識が強すぎる」というものだった。 まあ、書き始めたばかりで怖い物知らずだった私は自分の欠点を認める気はさらさらなく、ましてや後年の自分の運命なぞ知る由もなく、より過激に「見せよう」とする方向にシフトしていった。
ある木曜日恒例の発表の際、街頭で宗教の勧誘していた女性がズタボロにレイプされるという話を読み上げた。
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城戸賞(きどしょう):「映画は脚本だ!」を持論とした元松竹社長であり製作者の城戸四郎氏にちなみ設立された、受賞作は即映画化が原則という日本で最も実践的かつ権威あるシナリオ賞。
モー娘。に入るより受賞するの難しいかもしれない、シナリオ界の「芥川賞」かな。
最終選考に残るなんてこれスゴイことなんです。 こちらをどーぞ
野沢尚(のざわしょう):城戸賞獲って『不夜城』、『集団左遷』などの傑作を作り、トレンディドラマでは高視聴率男となり(『素晴らしきかな人生』『眠れる森』『青い鳥』)小説「破線のマリス」では江戸川乱歩賞を受賞、その後も小説を連発、確か直木賞の候補にもなってました。要するに
人気・実績・力いずれも当代随一の脚本家。
来年はNHK数十年来の企画『坂の上の雲』を書くらしいです。
でも、あたしが一番好きなのはロマンポルノの村上修監督の『ステイ・ゴールド』という映画。これ素晴らしいです。
著書『映画館に日本映画があったころ』は映画と映画作りへの愛憎いりまじったオモシロ本です。 |
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ベルイマンばりに神の沈黙を表現したつもりだったが、ロマンポルノの影響も大きい。この時、専任講師の二人から合評の俎上に載せるのを拒否され、すぐ次の番となった。信仰の自由に抵触するからという理由だった。
以来、このシナリオ講座で書くことも発表することもプッツリやめた。拒否されたことにスネたというのもあったが、原稿用紙20枚程度で何かを表現することに倦んでいた。
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支配人心の師・田中陽造脚本「あたしのお薦め@」
『性と愛のコリーダ』谷さんが実名でSになる! |
自分の中の煮えたぎるマグマを噴出させるには「長さ」が必要だった。 書かなくても教室にだけは倦むことなく通った。仲間に会いたかったから。境遇も職業も様々な年長者達との交流は本当に楽しかった。私のようなプータローだけでなく、普通のサラリーマンや主婦、OL、孫がいるお婆さん、フリーライターにコピーライター、俳優のマネージャーもいた。授業が終わると近くの喫茶店に繰り出して、皆で何時間も語り合った。青山の裏通りにある店で、俳優の故・松山英太郎氏がオーナーだった。ある日、話し疲れた私らはソファについ寝転がってしまった。半年間の講座も終盤となり、お互いの気兼ねがなくなっていた頃のことだ。そしたらテレビの時代劇『江戸を斬る』の葵小僧が現れて、我々をやんわりと注意して去って行った。
話していたことは、くだらないことばかりだったと思う。仲間内で一番器量よしのOLに処女か否かを聞いて、ひどく怒らせてしまったことはよく覚えている。
色っぽい人妻もいて、何人かの男どもと「やらせてくれ」と冗談半分に頼んだことも。私のことを『少年は虹を渡る』の主人公ソックリと言った女だ。その時は冗談で終わったが、しばらくして私に耳打ちして、「メロドラマの『メロ』の意味を教えてくれたら、やらせてあげる」と囁いた。年齢は四十前後で、近くで見ると若い女の頬と違って毛穴がおっぴろがっているのが目立ち、『メロ』の意味を調べる意欲は萎えた
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あたしのお薦め・田中陽造A
『マル秘女郎責め地獄』 |
自作が専任講師らによって合評を拒否された際、同じ教室のOLから手紙が。わざわざ自宅へ郵送されてきた。負けないで書けという励ましだった。
私の作品をよく読み込んでいて、本質的にレイプのような過激な性表現や暴力描写よりファンタジーの方が向いているのでは、と看破していた。
自分の正体が抒情の海に溺れがちな甘ちょろい夢想家なのはよくわかっていた。今さら指摘されて腹が立った。彼女がそれなりの容姿の持ち主であれば、違った反応だったかもしれなかったが。そのOLとは、それから顔を合わせても口を聞かなかった |
今思い返すと、死ぬほど恥ずかしくなる。自作のシナリオについて、このような真心の籠った手紙が来ることは後にも先にも二度となかったのに。
若い私は、どうしようもなく傲慢で嫌な奴だった。
こんな嫌な奴でも仲間は遊んでくれた。皆でディスコにも行ったし、伊豆へドライブにも行った。その頃大ヒット中だった『セーラー服と機関銃(田中陽造のシナリオ!)』も観に行った。カラオケで歌えるようになりたくて、観ながらブツブツ口ずさんで暗記した薬師丸ひろ子の主題歌『夢の途中』は、今でも数少ないレパートリーのひとつ。
私のシナリオの合評を拒否した男の講師は、新宿二丁目によく連れて行ってくれた。妻子持ちだが若い男もいけるとのこと。当時の私は長髪にパーマをかけて可愛らしくしていたせいか、女の子に間違えられることも多く、ある種の男性からよく関心を寄せられた。講師の自宅にも泊まったが、操は守れた。耳朶は噛まれたが。
当時を思い返すと、楽しいことの方が多かった。だが、先行きは真っ暗。半年間のシナリオ教室も、終ろうとしていた。今後はコツコツ書いて、シナリオ公募でチャンスを掴むしかなかった。ただ、映画関係の学校なら、ある程度のシナリオが書けさえすれば優秀と見なされて、卒業後もプロット書き等の下仕事で業界へ身を置ける機会もあるらしかった。ロマンポルノがシナリオライターへの登竜門だとしても、そこに至るとっかかりが何もなかった。バイトをしながらシナリオを書くなんて遠回りに感じられた。
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だが、映画の学校へ行くには、入学金その他のまとまった金が必要だった。本の頁に挟んであった数枚の万札だけでは、とうてい足りなかった。親に頼りたくても、私は母子家庭のくせに大学を中退した親不孝物だ。では、どうすれば? 無利子・無期限・無担保で、返すあてもない借金をさせてくれる奇特な人物が、この世にいるのだろうか?
あたしのお薦め・田中陽造B
『女教師・汚れた放課後』この映画の風祭さんはほんっとに綺麗でH!
陽造脚本のアイドル映画『セーラー服と機関銃』でも風祭さんはとってもHなからみを演じて、中高生喜び困らせてました。 |
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いつものように皆で喫茶店で過ごした夕方、外に出ると霙まじりの雨が降っていた。私は意を決して、人妻の折りたたみ傘の中へ飛び込んだ。メロドラマの『メロ』の意味を教えれば、やらせると言った女だ
「わかんなかったよ、『メロ』の意味・・・・・・」と女の耳元で囁いた。女はどうでもいいというように笑った。私達はこっそり皆から離れ、身を寄せ合うように道玄坂まで歩いた。霙は雪に変わっていた。女の髪は煙草とリンスと揚げ物の匂いがした。
『ラブレター』のシナリオに、夕陽の裏通りという設定で「表参道に面して並ぶビルの背中の陰の通りで、バッタリ人気がない」というト書きがある。この作品は都会の裏通りにあるアパートや夜の児童公園で、ひっそり繰り広げられる男と女のドラマだった。
田中陽造のシナリオにひかれたのは、そんな日陰の営みを掬い取る繊細な手つきだったのかもしれない。子供を堕ろしたヒロインの関根恵子が中村嘉葎雄に背負われ、夕焼けに染まって帰ってゆく。3月のある夕方、私もそれに倣って青山のシナリオ教室から原宿までの表参道の裏通りを歩いた。
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その頃、いつも決まって頭の中で反芻するのは、シナリオへの野心だった。自分に3年の猶予を与えていた。
3年後の23歳になるまでにものにならなかったら、キッパリやめよう。「ものになる」というのは映画になるということ。23歳で映画化されるのにこだわったのは、寺山修司の文庫本の年譜で、彼のシナリオが映画になったのは、この年齢だと知ったから。今思えば、自意識過剰で身の程知らずな野心だった。
鉛筆一本だけを武器に、世界の果てまで歩いてゆく。瑞々しいオレンジのような早春の夕陽を見つめながら若い私が考えていたことは、そんなことばかりだった。 |
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天才的創作者・寺山修司をものさしにした、二十歳の斎藤青年。
鉛筆一本と不安と希望を胸にして、「ロマンポルノのシナリオ」に引き寄せられていきます。自らつけた期限付きの
「シナリオ道」3年、あしたはどっちだ! |
| (続く) |
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